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神戸地方裁判所 昭和42年(ワ)457号 判決

原告 足立ふさ子

〈ほか三名〉

原告ら訴訟代理人弁護士 沢村英雄

被告 正賀伸

同 有限会社高田屋湊店

右代表者代表取締役 正賀伸

被告ら訴訟代理人弁護士 井藤誉志雄

右訴訟復代理人弁護士 前田貞夫

被告ら訴訟代理人弁護士 川西譲

被告有限会社高田屋湊店訴訟代理人弁護士 藤原精吾

主文

被告らは各自、原告足立ふさ子に三〇一万七、五七三円、同足立道子に二九〇万〇、一四〇円、同足立孝子に二九〇万〇、一四〇円、同足立フキエに五〇万円及び右各金員に対する昭和四一年二月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告足立ふさ子、同足立道子、同足立孝子のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、身分関係について、

原告足立ふさ子は訴外足立貞雄の妻であり、同足立道子、同足立孝子は右貞雄の子であり、同足立フキエは右の貞雄の母であること、右貞雄は、昭和四一年二月二五日頃、日本電信電話公社長田電報局勤務の通信職員であったこと、被告会社は料理飲食店を営むものであり、季節物としてフグ料理の調理及び提供等をなすものであること、被告正賀は、右被告会社の代表取締役であって、フグ料理等の調理及び提供等の職務の執行に従事するものであることは、何れも当事者間に争いがない。

二、貞雄の死亡とその原因について、

訴外貞雄が、昭和四一年二月二五日、前記電報局職員四名と共に、被告会社店舗で、酒、フグ料理を注文したこと、右貞雄が翌二六日死亡したことは当事者間に争いがない。

そして、次に掲げる証拠により、次の事実を認定することができ、この事実によるとき、右貞雄は、被告会社店舗で提供されたフグの肝を食べたことにより死亡したものと認められる。

(証拠)≪省略≫

(認定した事実)

1  訴外貞雄は、前記二五日の前夜は宿直勤務をし、二五日朝帰宅して休み、夕刻、職場の同僚数名と神戸市須磨区にある海の家で、同僚の歓迎会に参加した。同所では、すき焼にビール、酒等を飲食して会食をし、午後九時頃、同所を出たが、その後、同九時四〇分頃、右貞雄及び同僚ら五名は、被告会社店舗に行った。

貞雄らは、すでに相当飲酒していたので、同店舗では、酒を数本注文したほか、フグ料理を食べることにしたが、一人が一人前宛では多すぎるとして、一人前よりは数の多いフグ鍋(スペシャル)を二人前注文した。フグ鍋は同店舗の調理場において被告正賀及び他の調理士によって料理されて提供されたが、右貞雄は同僚二名と一つの鍋を囲み、他の同僚二名は他の一つの鍋を囲み、それぞれ飲食した。右フグ鍋には大人の小指の第一関節より先位の大きさに切ったフグの肝(一切は三ないし五グラム位)が入って提供されたが、貞雄はフグ料理が好きだと言って右料理を食べ、その際、右フグの肝を二切(六ないし一〇グラム位)を食べたが、他の同僚のなかにも肝を食べた者もあり、また、フグを全く食べない者もあった。

貞雄ら五名は、同店舗を同一〇時一五分頃出て帰途についたが、途中貞雄は他の同僚一名と、他の店舗でビール一本を飲み、南京豆を食べ、同一一時三〇分頃自宅に着いた。

2  貞雄は、帰宅後、お茶を飲んで休み、間もなく就寝したが、翌二六日午前四時三〇分頃、気分が悪い、苦しいと言って洗面器に吐き、フグを食べた、同僚も苦しんでいるだろうと等と言っていた。同五時五〇分頃、医師の往診を受け、その頃、貞雄の意識ははっきりしていて、熱はあるように思われず、呼吸や脈膊も特に異常という程ではなく、言葉が多少正常ではなく、胸が苦しいとか、手の先がしびれる等と訴えていたが、一〇分位を経過するうちに急激に胸の苦しさが強くなり、物を飲み込むのも不自由になり、痰を出すのも難しくなったので、強心剤の注射をし、酸素吸入をしながら人口呼吸をしたが、顔面が蒼くなり、呼吸困難、呼吸停止、嚥下障害等の症状をきたし、同六時四五分頃ついに死亡するに至った。

診察した医師は、始め軽く、食中毒かと考えていたが、フグを食べたと聞き、右のような症状と合せ考えてフグ毒(テトロドドキシン)による中毒症状ではないかと判断するに至った。

また貞雄の身体の解剖にあたった医師は、死体からフグ毒による中毒症状と断定するものは得られなかったが、フグ毒による中毒症状の場合と反する所見はなく、他に身体上に死因と考えられる病気等はないこと及び解剖の結果と死亡するまでの経緯等を総合判断してフグ中毒による死亡と判断した。

3  本件フグは、神戸地方においてはナゴヤフグと言われているもの(これが学名上のマフグであるが、ショウサイフグであるか、あるいはコモンフグであるかは明らかでないが、これらのいずれかである。)であって、被告会社が、前記二五日、訴外清水鮮魚店から買入れたものである。右清水鮮魚店は、同日、鮮魚市場から本件フグを仕入れ、被告会社の注文によってフグの皮をむき、内臓をとり、内臓のうち肝を残して他は捨て、骨と肉を離し、流水で肉と肝を洗って被告会社に売った。フグを売る場合には何時も右のような処理方法をとって洗い、肉のほかに希望者には肝、皮、骨等も売っていた。

被告会社は、右のように処理されたフグの肉と肝を右清水鮮魚店から買入れ、肉は水洗いし、肝は塩もみしながら数十分間水洗いして、貞雄らの注文により、フグの肉、野菜、豆腐等のほか、前記の大きさの肝を一つの鍋に二、三切宛入れて提供したものである。

4  フグに毒があるということは古くから広く知られているが、我国近海産のフグの毒は、内臓に含まれ、肉には毒はないと一般に言われている。しかし、そのフグの種類により毒のある部分が異り、ある種のフグでは肉にも弱毒があるが、他の種のフグでは全く無毒で卵巣も食用になるものがあり、又フグの種類、部位により毒力が異るばかりでなく、季節によっても異り一般に産卵期には毒力が強くなり、一二月頃からその傾向を示し、二月頃から著しくなるものである。右はフグ毒の著しい個別差によるものであるが、毒力の強い部位は内臓とりわけ肝、卵巣であって、これらは猛毒のものもあり、統計上もフグ中毒の発生は、フグの内臓、とりわけ肝、卵巣を食したことに原因している。そして前記のフグの肝は何れも猛毒で、肝一〇グラムは人間の大人一人の致死量となることもあり、一〇グラム以下でも絶対に安全であるとはいえないのである。

5  フグ中毒の発病は、その食後三〇分ないし五時間位で、食後直ちに就寝した場合には発病までの時間の長いこともあり、おおよそ四時間位で半数位は死亡し、八時間位で他の半数が死亡する例が多い。フグ中毒は神経に対して麻痺作用があり、始め唇、舌及び指先等に軽いしびれがあり、悪心、嘔吐等があり、運動麻痺、知覚麻痺、言語障害があらわれ、呼吸困難となり血圧が下り、やがて完全に運動麻痺をきたし、著しい知覚麻痺、呼吸困難、物の嚥下困難となり、最後に意識溷濁をきたし呼吸が停止するのである。

また、被告会社店舗で共にフグ料理を食べた他のものにはフグ中毒の症状は全くあらわれなかったが、同一の機会に、同一の鍋のフグ料理を数人で食べた場合でも、そのうち一人が中毒症状を呈し、他の者に何らの症状もあらわれないとの例は決して珍らしいことではない。

以上の事実が認められ、この事実によるとき、解剖その他から貞雄がフグ中毒により死亡したことを直接認めることはできないが、他に原因の認められない本件においては、以上の事実を総合して考えるとき、貞雄が前記フグの肝を食したことと死亡との間に相当因果関係があるものと言わなければならない。

三、過失について、

1  飲食業者等食品の調理、提供等を業とする者の注意義務について考えて見るに、不法行為における過失とは抽象的過失を指し、それは通常人としてなすべき注意義務が基準となるけれども、その者の職業、地位等を考慮に入れた通常人であり、また、注意義務の程度は、その行為から生ずる危険ないしは侵害される利益の大小によって異るものと解さなければならない。飲食業者は、その提供する食品の性質、内容、良否については右業者以外の者に比して専門的知識を有していることが要求され、また、不良食品の提供によって生ずる危険ないし侵害される利益は、人間の生命、身体(健康)に関するものであるから、その注意義務の程度は、より高度なものであることは勿論である。

それを食することによって、生命の危険の発生することが明白である場合のみでなく、生命の危険の発生が明白でない場合であっても、何らかの毒性があり、又は毒性の可能性があるため身体を害する虞のある場合には、その食品を提供すべきではなく、毒性があり、又は毒性の可能性のあることの認識をもちながら食品の提供をなした場合には注意義務を欠くものといわなければならず、その結果、生命、身体に対し害を与えた場合には、その生じた結果に対し責任を負うべきものと解するのが相当である。その提供の許されるのは、毒性がなく、生命、身体に対する危険がないことが明白な場合、又は、仮に毒性があっても、これを知らず、危険がないとの認識をもち、かつこの認識をもったことについて合理的な理由がある場合(この場合には注意義務を尽したものとして責任を免れる)に限られるのである。

そして、そのためには、その食品について、学界、取締当局、取扱業者及び社会一般の、その当時における食品に対する知識水準を基礎として、具体的事故の発生した場合の業者の右食品に対する知識の程度、処理の方法、危険発生の過去の実績等諸般の状況を総合して判断しなければならない。

そして、以下認定した事実によって考えるとき、被告正賀には、本件のように肝を入れてフグ鍋を提供したことには過失があると言わなければならない。

2  ≪証拠省略≫を合せ考えると、次の事実が認められる。

(一)  フグに関する取締は、全国を統一するものはなく、各地方によって異り、条例等を制定しフグ料理の調理士の資格について試験に合格して始めて免許が与えられ、又は講習のみにて免許が与えられ、その営業について許可制となし、その調理方法についてまで規制している地方もあるが、他の地方では、これらについて何の規制もなく放置されているのであって、例えば、大阪府では、すでに昭和一六年頃にこの条例を制定しているが、兵庫県では、何らの規制もなく、本件事故後、兵庫県、神戸市、食品衛生協会が共催で講習会を開催しているにすぎないこと。

(二)  本件事故の処理にあたった長田保健所においても、当時フグに関しての知識は低く、フグの種類、フグ毒の有無、程度、処理方法等について正確な知識はなく、単に水洗によって毒の除去は可能であると考えていたこと。神戸地方ではナゴヤフグは毒性がすくなく、水洗等によってある程度の除去は可能であり、小量ならば食しても害となることはないと考えられ、被告正賀においてもそのように考えていたこと。しかし、フグ毒の除去は単に塩もみや流水による水洗その他の調理方法によっては殆んど除去されず、従って、フグ毒による生命、身体に対する危険は、調理の過程における毒の除去方法にあるのではなく、毒の含まれた部位を食するかどうかにあること。

(三)  神戸地方においては、フグ料理に肝を入れることが多く行なわれ、客のなかには肝を入れなければ味が落ちると考え、これを要求する客もあり、被告正賀においてもそのように考えていたこと。しかし、大阪府では条例等で内臓を食品に供することは禁止されており、全国的に肝を入れることが常識であるとはいえないこと。

(四)  フグ毒による事故は、その多くが一般素人によるいわゆる素人料理によるものであって、一流の料理屋の料理によるものはすくなく、フグ毒について充分な知識をもって毒の含まれた部位を除去し調理することによって、相当の高率をもって事故の防止をなしうること。

(五)  被告会社は、飲食店を営むものであって、季節的にフグ料理も扱っていたが、過去数年間において、本件と同様にして購入したフグを客に調理提供したが、一度も事故がなかったこと。しかし、被告正賀は、ナゴヤフグが全く無毒であるとか、水洗等により全く無毒になると認識していたのではなく、肝に毒のあることを認識したうえで、単にナゴヤフグは毒性がすくなく、水洗等によってある程度の除去は可能であり、少量ならば食することによって生命、身体に害にはならないと考え、フグ料理には肝を入れるのが常識であるとし、客の要求がなくても肝を提供し、本件においても貞雄らの要求はなかったが肝を入れて料理を提供したこと。

(六)  被告正賀は、右のようにフグ料理の提供をしていながら、特にフグ毒についての知識を得ようとはせず、大阪府においては、前記のとおり調理方法についてまで規制をしていたのであり、又関係書籍の入手が著しく困難ともいえず、何らかの方法をもって右知識を得ることができたと思われるのに、単に従前の知識と経験のみで事故がなかったからそのまま従前の取扱いを継続していたものであること。

以上の事実が認められ、右事実を総合して判断するとき、兵庫県においてはフグについての規制がなく、保健所においてもその知識が乏しく、神戸地方では一般にフグ料理には肝を入れて提供されていた等の事実に徴すると、被告正賀のフグについての知識の低かったことは、単に同被告のみを責められないものもあるが、しかしフグ毒の害から、生命、身体を防ぐことは肝などの内臓を提供しないことにより相当程度可能であるのに、被告正賀は、フグの肝に毒性のあることを知りながら、単に従前の知識経験によって飲食業に従事していたものであって、被告正賀には飲食業に従事する者として他に比して専門的知識を収得することが要求されること、その行為によって害されるものは生命、身体に関するものであることを考えるとき、被告正賀の本件肝を入れて料理を提供したことは注意義務に欠けるものがあったといわなければならない。

四、責任について、

よって、被告正賀は、本件フグ料理を提供した者として民法七〇九条により、被告会社は、その代表者である被告正賀が職務の執行として本件フグ料理を提供したことによる有限会社法三二条、商法七八条二項、民法四四条一項により、各自、以下に認定する損害を賠償する責任があるといわなければならない。

五、損害について、

1  貞雄の得べかりし利益の喪失による損害

≪証拠省略≫によると、貞雄は、死亡時、世帯主であって大正一三年一二月四日生(満四一才)であり、過去一年間の収入はすくなくとも九六万〇、二七一円あったことが認められる。そして原告らは同人の生活費として三四万二、九五一円を差引くことを自認しているのが当裁判所も世帯主である貞雄の生活費として右金額を相当と認めるので、同人の一年間の純収入がすくなくとも六一万七、三二〇円あったことは計算上明らかである。同人の就労可能年数を六三才までの二二年としホフマン式計算による係数を乗じて現価を算出すると九〇〇万〇、五二五円となるが、前記認定のとおり被告らの過失のみを責めることは酷であること、被害者である貞雄自身もフグの内臓には毒性のあることを知って肝を二切食べたものであること、その他諸般の事情を考慮し、右金員のうち二割を減じ八割に相当する七二〇万〇、四二〇円が右貞雄の得べかりし利益の喪失による損害となる。そうすると、原告ふさ子、同道子、同孝子は右金員の相続分に相当する二四〇万〇、一四〇円の損害を蒙ったことになる。

2  慰謝料

原告らは、前記のとおり貞雄の妻であり、子であり、又母であって、貞雄の死亡によって受けた精神的打撃の大であることは明らかであって、本件事故の態様、その他諸般の事情を考慮し、すくなくも各原告についての慰謝料は五〇万円を下らないものと認めるのが相当である。

3  葬祭料

≪証拠省略≫によると、原告ふさ子は、貞雄の死亡により営んだ葬儀に際し、その費用として一一万七、四三三円を支出したことが認められる。

六、結び

よって、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告ふさ子は三〇一万七、五七三円、同道子、同孝子は各二九〇万〇、一四〇円、同フキエは五〇万円及び右各金員に対する本件不法行為の日である昭和四一年二月二六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこの限度で認容し、右限度を超える部分は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下郡山信夫 裁判官 角田進 牧弘二)

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